2017年3月1日水曜日



 
What we do

 
The Imanishi Family (今西家) is the descendant of Toochi-no-agatanushi (十市県主) who lines to the Kotoshironushi-no-god(事代主), son of Okuninushi-no-god(大国主), originating from Toochimiagatanimasu Shrine (十市御縣坐神社). This is why we named our organization the Public Interest Foundation Corporation, Association for Preservation of the Imanishi House.

Public Interest Foundation Corporation, Association for Preservation of the Imanishi House carries out conservation work, management and publication of important cultural property the Imanishi Houses and the surrounding areas, not only ancient documents and antique art goods passed down to the House. Public Interest Foundation Corporation, Association for Preservation of the Imanishi House also conducts research on these properties and thereby contributes to the development of academic culture. (Public Interest Foundation Corporation, Association for Preservation of the Imanishi House Article 1 article)

 

The Imai City, the largest traditional important building conservation districts in Japan located in Kashihara City, Nara Prefecture is not displaying things like in museums and arts galleries. The value of the Imai City is that the city keeps valuables and precious things still being utilized in daily life even in this modern days.

 

In the Sengoku period, the Imai City fought against Oda Nobunaga, the superpower at that time on the side of the Ishiyama Honjyo Temple, making the castle mouth into a fortress. However, it was obliged to surrender since the Buddhist of the Ikko sect priest Kennyo offered a settlement, and then the City was allowed its autonomy on condition that it fills the triple moats by intercession of Tsuda Soukyu, master of tea ceremony. The Imanishi Family then took charge of the judiciary and administration of the city.

After that, the Imai City prospered deeply interacting with the Sakai City, which also prospered as a self-governing city, traded with Luzon and Hoi An, and thereby enjoyed its golden days.

Especially, tea ceremonies and tea houses prospered there related to Tenka Sanso-sho(The three major tea masters), Mr. Imai Shokyu from the Imai family, Tsuda Soukyu, and Sen no Rikyu. The city was regarded as "the Sakai City as a top of sea / the Imai City as a top of land".

The free atmosphere persisted in the feudal era may be the reason why Oda Nobunaga and Tenka Sanso-sho treated the Imai City so special.

While traditional townscapes are disappearing nationwide, we would like to deliver relaxation and feeling of "Furusato", our hometown, where the time seems to stop clocking, by inviting nursing streets, youth streets, crafts alleys, for example, in the Imai districts of 600 m × 320 m, and thereby enabling people to live on.

As a city that foresees future design source we would like to continue our preservation activities in;

“The Imai City with the Nobunaga's heart as a shield of the abandonment of his predecessor"

"With the breeze of living even now with the old townscape of the Imai town"

"Holding a new dream to convey the mind of our ancestries from the Imai"

 

In the future, we plan to hold hands-on events while taking over history and tradition at important cultural property, the Imanishi House.

 

We intend to publicize the living traditional culture which is the basis of Japanese mind from the "Imai City", the Japan's largest important traditional building district.

We need your support and contribution in order to continue and expand our activities.

The contribution is appreciated, by unit of 5,000 yen from everybody including corporation, groups and individuals. Multiple unites of contribution are welcome.

 

To Make a Donation

 

If you would like to make a donation to our foundation in Japan, you can do so in the following ways:

 

a) Postal Transfer

No transfer fee is required using the payment handling form, Yucho Bank

l  Payee Name: Public Interest Foundation Corporation Zen city prefecture Imanishi preservation association

l  Name of Banck: Japan Post Bank

l  Branch Name: Head Office

l  Beneficiary Bank Address :  3-2, Kasumigaseki 1-chome, Chiyoda-Ku, Tokyo 100-8798, Japan

l  SWIFT code: JPPSJPJ1

l  Account Number:  174414

 

b) Bank Transfer

l  Payee Name: Association for Preservation of the Imanishi House

l  Name of Bank: THE BANK OF TOKYO-MITSUBISHI UFJ, LTD.

l  Branch Name of Bank: Kashihara Branch

l  SWIFT code: BOTKJPJT134

l  Account Number:  0182670

 

Tax Relief on Donation

Donations to the foundation can receive tax relief;

<For corporations>

The contribution can be expensed as deductible outside of the deductible limits for general donation.

<For individuals>

The contribution is subject to tax relief. (For the details on the tax relief system, please refer to the website of the National Tax Agency)

 

Become a Partner

 

The mission of the Association for Preservation of the Imanishi House is to save the Imai Town districts and to financially support activities and to support youth activities in the Imai Town, by assisting opening to the public of the Imanishi House and its old documents and antique arts, together with research, releasing various publications, and preservation and maintenance efforts.

 

In order to pursue the above objectives and to contribute to the promotion and development of its traditional culture, we decided to set up an Association for Preservation of the Imanishi House, to acquire understanding of the general public and promote our activities. We appreciate your cooperation and support.

In addition, funds cooperated are used for repairing old documents, repairing buildings, etc.

 

About members of Association for Preservation of the Imanishi House

l  Members are required to understand and cooperate the Foundation's mission and its aim

l  There are regular members, special members, and supporting members.

 

Please pay the minimum of the following contribution. Multiple contribution is welcome.

• Regular member: 10,000 yen/year

• Special member: 50,000 yen/year

• Supporting member: 1,000 yen/year

 

l  Annual admission fee will be free for members.

l  Members will be invited to events organized by the foundation etc at a discounted rate.

 

[Inquiries/Application for registration]

Public Interest Foundation Corporation, Association for Preservation of the

Imanishi House公益財団法人 十市県主今西家保存会

3-9-25 Imai-cho, Kashihara-shi, Nara prefecture 634-0812

TEL: 0744-25-3388 / FAX: 0744-25-8182

Email: info@imanishike.or.jp

URL: http://www.imanishike.or.jp/

The Imai Family

http://www.imanishike.or.jp/imanishike_e.html

2013年6月25日火曜日

財団法人今西家保存会さん(Imanishis Preservation Foundation) - 橿原市 - 教育関連団体、宿泊施設 | Facebook

財団法人今西家保存会さん(Imanishis Preservation Foundation) - 橿原市 - 教育関連団体、宿泊施設 | Facebook

大国主大神の御子たる事代主神に系譜する古代豪族・十市縣主の子孫として、国譲りから悠久の時を越えて、御仮殿に遷されている大国主大神を、ご修造を終え御本殿に遷す60年ぶりのご遷宮にあたる年に出雲国造84代目千家尊祐宮司様とご対面を果たし得たのは、縁結びに感謝致すと共に、自らの生まれてきた意義をこの瞬間感得致しました

60年ごとのご遷宮の年にあたり、6の倍数の6月18日だったからです。
かつてその昔、3本を一つに束ねて六角、18本の柱でご本殿を支えられていたからです。
参拝が終わると、上がっていた雨が降り出しました。

千家宮司様を今西家の原点の地である十市御縣坐神社を案内する事をお約束しました。

2013年3月5日火曜日

民家は生きてきた

『本瓦ぶきの屋根には、草が生え、隅木は折れて瓦は破れ、雨水は遠慮なく屋内に降りこみ、土間に立つと二本の太い柱が、傾いているこの建物を辛うじて支えていたが、建設当初の面影を想いうかべる事ができたから「腐っても鯛だ」と解った。

また、今までにこういう種類の民家を見たことがなかった。
一般に民家というものは、外観は地味にしても内部には凝るものである。
ところがこれは、それとも全く逆なのである。
今様にいえばこれは「つっぱりすぎた」建物なのである。
この建物は道の真ん中にいでたち行く手を塞いでいるように見え、傷だらけになりながらも必死で町を守ろうとするその姿に民家というよりも天守閣を思わせた。

しかし、今は見るも無残な建物で倒壊しやしないかと心配する有様である。
そうした状態はもう二百年、またはそれ以上続いてきたに違いない
そうであるのに、この建物が取り壊されないで、残されてきたのは何故だろうか。
人間の創った技術や文明が人間生活を高め、住み心地をよくするというのに、代々の人たちは何故その不便にも耐え忍んできたのだろうか。

現代文明の利器が人間の幸福を高めるどころか、明日の生存そのものさえ脅かすように、新しいものは決してその家を支えはしないと考えていたためだろうか。
確かに建物の古さは、格式の象徴としては人間よりも信用できるものがあったかもしれない。
歴史というものは、たとえ論理的に整然と体系だっていたとしても、頭の中の架空の構成に過ぎない間は、私たちの生きる哲学になることは少ないと思うからである。
恐らく目に見える建物を通して感覚的に理解した方が、より身につくであろう。
すぐれた歴史の叙述は小説のようなものである。
なぜなら、それを全人格的に感覚的に理解できるからである。
そこにある民家は、まさにそのものなのである。
民家はそこにあるのが大事だと思う。

博物館や民家集落は、やむをえない養老院のようなものである。
そのままそこに放っておいたのでは消えてなくなってしまうので、やむをえず私たちはそこへ収容するのである。
そして、そこにある民家は弱々しく、生き返ることなきミイラのようなものである。
もう民家はだれもつくりはしない。
民家らしきもの、民家風の住宅、民家調の店、民家の細部を利用したものをつくりはするけれど、もうだれも昔ながらの民家そのものをつくりはしない。
農民たちにとっては茅を入手することは極めて困難なことになってしまい、今ではその屋根の維持をもてあまし、この家はプライバシーがないと嘆く。
そしてある民家では、家族たちは決して住みはしない。
昨日こわして今日再建された住居は民衆の住居にちがいないけれど、それは、いわゆる民家ではないし、だれも民家と呼びはしない。
それゆえ民家の社会的機能は喪失しつつあると言えよう。
社会的機能をもたないものは存在理由を失い、やがて消滅するだろう。
かつての竪穴住居がそうであったように。
それは誰も疑うことはできない。
民家の消滅を阻止するためには、民家集落というような露天博物館に移築し、陳列品としての機能をあらたに与え、飾り保存しておくより仕方のないものだろうか。

私たちは次のことをよく知っている。
すなわち、民家は現在ある状態よりも、使いにくく不便になり、現代生活に即応しなくなったとしても建設当初の姿に戻した方がはるかに美しく魅力的であることを。
現代生活が要求する機能に合致させようと思うならば、その美しさは必然的にそこなわなければあらないことを。
これは確かに、封建時代に育ち封建時代に大成された民家の現代社会における悲劇的な運命の一つの側面を物語るものである。
もしそうであるならば、私たちは民家を捨て去るべきだろうか。
私たちが未来の生活を夢見るとき、ひとり民家のみが過去に向かって保守性を強調しなければ美しくありえないとしたら、もはや民家の崩壊を阻止することはできないのであろうか。
確かに、もはや滅びゆくものへの郷愁のみでは民家の社会機能を回復する事はできないであろう。

しかし、民家の中に現代の建築イデオロギーに示唆する何かを発見することができる。
私はそう思う。
現代のデザイン・イデオロギーに行き詰まりを感じた建築家たちのある者が民家を凝視するのは、象徴的で有意義な空間概念が内在するらしいと直感的に悟っているからだと私は思う。
私たちが何かを捨て去り無視するのは、その中に現代的な価値を見いだせないという貧困さに起因している場合が多いことを知っている。

それは、滅びゆく民家が残してゆく虎の皮のようなものであるかもしれないが、十六世紀の茶人たち―彼らは、民家を彼らの芸術の原形のひとつとして関心を持ち、「美の対象」とみなした最初の人たちである。
彼らは、その中に寂びた美をみつけて芸術という高さにまでたかめ、それは茶室建築と、いわゆる数寄屋建築というそう双生児を生みだすにいたった。
彼らは民家を原形としてつくりだした茶室を通して、デザインを中世の宗教の桎梏(しっこく)から解放した。
庭園も建築も、中世においては何らかの意味で仏教哲学の何かを具象していかねばならなかったが、茶道の演技場としての茶室は純粋な美の対象と見なされていた。
そして、民家は演技場が視覚化され造形化されるときの媒体であり原形であったのである。
すなわち、彼らは茶道美学の原形を民家の中に発見したのである。
鎌倉・室町の封建領主たちが、民家を在家役や棟別銭(租税)の対象としか考えることができなかったとき、茶人たちの多くが、まったく別種の価値を民家の中に発見した功績は偉大であったといわなければならない。
それは彼らの多くが堺と今井の町衆であった事実と決して無縁ではなかっただろう。
そして、まもなく封建領主でさえもその価値を認識し、彼らの弟子になるのである。
民家という散文を削り落し付き詰めた究極の芸術文化こそ茶の世界である。
茶室は、「民家の和歌」といってもよいのではないか。
 誇り高き現代人としての自尊心を持っているならば、祖先への郷愁としてではなくして、むしろ輝かしい構想力に満ちた未来への現代的象徴として民家を保存すべきであると考える。』と当時の今西家を追想され、今後の民家の存在意義や可能性について綴られておられます。

伊藤先生にお会いして強く言われたことは「家は住みながら育てて美しく熟成させていくものだ」という言葉です。
また、先生は美観地区の倉敷との縁が深く、長らく町づくりの顧問をされていました。
倉敷の失敗と成功から学びとり、試行錯誤して今井町独自の町づくりをしていかねばならないことを危惧しておられました。

そして、町づくりは住民の誇りと相互理解と「絆」がなければできません。
家にとって最も大事でかけがえのないものは、建造物や調度品を相続する事よりも愛着を子孫に引き継いでいくことであります。
家には愛が必要不可欠であり、それによって強くしなう「大黒柱」となり、家を支えていくのではないでしょうか。
家には、血脈、涙、汗が流れていなければなりません。
家は住まなくなったら途端に傷みます。
まさに、家には住人の魂と生命が宿り、「絆」の結晶体である家を育ててゆくものではないでしょうか。

しかし、民家を保存維持管理していくのは、生活様式が著しく変化した現代を生き抜く我々にとって容易なことではありません。
江戸時代には、家族やその家にかかわる人がそれぞれ分担して管理していましたが、少子化による核家族化などによって管理がゆき届かなくなりました。
例えば、庭を5~6人がかりだったでで雑草をひいていたのを夫婦2人でするのは、思っている以上に負担がかかります。また、瓦は50年毎に葺き替えなければなりませんし、漆喰も傷んできます。
それを克服するためには、業者に依頼したりしなければなりませんし、住んでいる者がやせ我慢しなければならないことも多々あると思います。
民家を維持していくためには費用と時間がかかるのは事実です。
民家という文化は、代々の愛着精神の積み重ねで、時代を生き抜いてきた証であります。
それは、代々の汗と涙の生活文化であり、権力者の生活文化などと一線を画して保存していかなければならない文化だと考えます。
民衆による執念の生活文化は、民族にとってかけがえのない独自のものであり、それを保存していく姿勢がその国の文化の高さの象徴や基準になるのではないでしょうか。

民家は辛うじて生きてきました。そして今後、民家は生き続けなければならないと切に思うものであります。
重要伝統的建造物群保存地区内今井町の重要文化財今西家において歴史と伝統を引き継ぎながら現代の住まいになじむ快適な暮らしと現代生活にマッチした新しいしつらえを施して、「温故知新」の知恵を絞って形成し発信していきたいと念願しております。
世界に誇るべき日本の文化と伝統を守り、次の世代に伝えるためには、持続可能なビジネスモデルを形成しなければなりません。
そのために、重要文化財今西家を活用してステイ事業と伝統文化研修やセミナーなどの体験事業を運営していこうと考えております。

また、規格大量消費社会になって古来からあった原風景の町並みが消え去り日常の暮らしの中で触れることの少なくなった日本の伝統工芸品を実際に使用して体験して頂き、基礎知識を実際に学んで頂きたく考えております。
「住み続ける形」で残すことを最大のコンセプトにして、それを国内のにならず海外からの観光客になぜか懐かしい「ふるさと」に帰ってきたという癒しスペースとゆったりとしたくつろぎをシェアして参りたいと思います。
また、車で1時間程度で行ける京都の伝統産業のお店で、遊び・学び・町歩きを楽しみ、食を堪能し、京都ファンそして、ニホンファンを増やし日本力に貢献出来ればこれ以上の幸せはありません!


財団法人今西家保存会